東北楽天ゴールデンイーグルス・球団の10年の歴史

2004年に起きた球界再編問題の渦中から誕生した『東北楽天ゴールデンイーグルス』。

半世紀ぶりの新規参入、東北を本拠地とする初の球団、東日本大震災の被災地復興のシンボル、創設9年目の初優勝と日本一。

様々な話題を呼んだ楽天球団の10年を振り返ります。

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東北楽天ゴールデンイーグルス

会社名:株式会社楽天野球団

創設:2004年11月(15年前)

所属リーグ:パシフィック・リーグ

本拠地:楽天生命パーク宮城

東北楽天ゴールデンイーグルス・歴代チーム名

東北楽天ゴールデンイーグルス(2005年 – 現在)

東北楽天ゴールデンイーグルス・獲得タイトル

日本一(1回):2013年

リーグ優勝(1回):2013年

東北楽天ゴールデンイーグルス・球団の歴史

▷2004年の発足・初代監督田尾安志の就任

6月に明るみに出た大阪近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブの合併に端を発するプロ野球再編問題の渦中、選手会の強い要望で2リーグ12球団維持が決定。これに伴い、楽天とライブドアの2社が名乗りを上げ、最終的に楽天が承認されました。

新規参入は54年の高橋ユニオンズ以来、なんと50年振り!

10月13日、初代監督に田尾安志氏が就任することが発表され、22日に新球団のチーム名を東北楽天ゴールデンイーグルス(通称:楽天イーグルス)と発表しました。

最初の課題は選手の確保。新規参入決定後の11月8日、近鉄とオリックスの選手を合併球団「オリックス・バファローズ」と新規球団「東北楽天ゴールデンイーグルス」に振り分ける「分配ドラフト」が行われ、40選手の楽天入団が決定。「ゴールデンイーグルス」の名称は、東北地方の世界遺産・白神山地に棲息する猛禽類・イヌワシに因んでいます。

当初は単に「イーグルス」とする予定であったが商標の関係で、「ゴールデンイーグルス」となりました。

長いシーズンを乗り切るため、他球団から戦力外となった選手や無償トレードなどで選手を確保し、楽天は初年度の戦いに臨みました。

▷創設1年目の苦難の船出

球団初の公式戦であり、2005年の開幕戦となる3月26日の千葉ロッテマリーンズ戦はエース・岩隈久志が完投し、球団初勝利を挙げます。

それも束の間、翌日は0-26という歴史的大敗に…2リーグ制以降の最多得点差となる屈辱的な記録となりました。

結局、初年度は38勝97敗1分、勝率.281で優勝したロッテから引き離されること47ゲーム差という結果でした。

チーム最多勝は岩隈の9勝。他に5勝以上の投手がいないのですから、戦力差は明らか。田尾は1年限りで監督を辞任します。

分配ドラフトの仕様など、最低限の戦力の保証が一切無かった事が大きく響いてしまいました。

▷野村克也監督の就任

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田尾監督の後任には南海やヤクルト、阪神などの監督を歴任し、かつてヤクルトスワローズ(現東京ヤクルト)を常勝軍団に導いた野村克也が就任。

弱者の戦略として「無形の力を養おう!」をスローガンに掲げ、チーム力の育成を図りました。

この年は前年より補強を進め、西武を自由契約となったホセ・フェルナンデス、同じく横浜ベイスターズからセドリック・バワーズ、台湾からは林英傑、元ロッテのリック・ショートを獲得します。

翌2007年は4位にチームを押し上げます。

原動力となったのは、なんと言っても、現ニューヨークヤンキース所属の田中将大選手!

05年夏の甲子園の優勝投手である田中選手は、ドラフトで4球団競合の末、楽天に入団。1年目からローテーションの一角を担い、チーム唯一の2ケタ勝利11勝を挙げ、球団初の新人王のタイトルを獲得しました。

▷マーティ・ブラウン監督から星野仙一監督へ

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野村監督最終年の09年は、球団初の2位に躍進します。

クライマックス・シリーズ(CS)に進出し、3位の福岡ソフトバンクホークスを降しますが、北海道日本ハムファイターズに敗れ、日本シリーズ出場の夢は断たれました。

CS開催前に、球団は野村の退団を発表していました。試合終了後、楽天ナインはもちろんファイターズナインからも胴上げをされ、野村はグラウンドを去りました。

後任の監督に、この年まで広島東洋カープ監督を務めたマーティ・ブラウンが就任。

その後野村氏は、翌年3月16日に就任要請を受けていた球団名誉監督に期間は3年とし、正式に就任しました。

その後、4年ぶりのリーグ最下位が確定した。

開幕から1度も勝率を5割に乗せることができず、最終戦績は62勝79敗3分で優勝したソフトバンクとは15ゲーム差、5位のオリックスとは7.5ゲーム差。

ホームゲームの平均観客数も前年より1000人近く減少。

こうした事情から球団は9月29日のシーズン最終戦終了後、ブラウン監督の解任を発表。後任に、中日ドラゴンズ、阪神タイガース元監督で阪神シニアディレクターの星野仙一氏が就任しました。

▷開幕直前の東日本大震災

2011年、球団は中日・阪神タイガースで優勝経験もある闘将・星野仙一を監督に招聘し、前年最下位からの再起を図ります。

しかし、開幕直前の3月11日、地元・東北を中心とした東日本大震災が起き、本拠地・宮城球場も被災…。

4月2日から2日間、全国の球場で12球団による東日本大震災復興支援試合が行われ、楽天は札幌ドームで日本ハムと試合をし、試合開始に際して選手会長・嶋は「見せましょう、野球の底力を」とスピーチで述べ、大きな反響を呼びました。

▷創設9年目の歓喜の優勝 大黒柱・田中24連勝

監督就任後、5位、4位で終えた星野監督3年目の2013年、楽天は球団創設9年目にして初のリーグ優勝を飾ります。

球団創設9年目での優勝は日本プロ野球史上5番目のスピードでの達成です。

そしてその原動力となったのは球界のエースに成長した田中選手。

この年の楽天の成績は82勝59敗3分。

勝越し数、所謂貯金は23です。田中選手の成績は28試合に登板して24勝無敗、たった一人でチーム全体の貯金以上を稼ぎ出したのです…!

CSも3位から勝ち上がったロッテを降し、日本シリーズに進出。

セ・リーグを制した読売ジャイアンツとの戦いは7試合までもつれながら4勝3敗で楽天の優勝。

最終戦の9回にマウンド上で胴上げ投手となったのは田中選手でした。

そしてご存知、その後田中選手はMLBニューヨーク・ヤンキースに移籍となりました。

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2020年、チームスローガンは「NOW or NEVER いまこそ 日本一の東北へ」。

インターネットテレビ、インターネットラジオといったIT企業ならではの強みを生かした試みも行っていて、今後の活躍にも期待の東北楽天ゴールデンイーグルスです!